映像による思考

そして今日もMORI LOG ACADEMY.2巻の2006年3月あたりを読んでいる.で,そこに書かれていたのが,森博嗣は言語(というか厳密には音?)ではなく映像で思考しているので,文章を読んでいるときには文字から映像へと変換する手間がかなり大きいため,本を読むのに大変な時間がかかるということ.

なるほど,ならば自分は言語で思考しているのだろう,と考えた.というのも,自分は文章を読む際にその内容を映像へと展開することがほとんど無い.むしろ苦手と言っていいぐらいだ.だから絵と文章が共存しているマンガを読むときにおいても,ページをめくってはいるがほとんど台詞を追うだけで,絵はその台詞を補うだけの背景程度にしか認識していない(まぁ文章のみの場合と,マンガとを比較するのは無理があるかもしれないけども).

このこと自体は以前から認識していたので,何度か「文章から(絵があればそれを中心に)映像を想像しながら読み進める」ということを試したことがある.結果は,映像化するのに時間がかかって,やっていられなくなった.

しかも性格的なものもあるのだろうが,(面白い文章に限ってだが)稀に話の続きが気になってしまって字面を追うスピードが上がるが内容がほとんど入ってこず,重要な局面で「あれ?なんでそんなことになるんだ?」と感じてしまい,少し前に戻ってしまうことすらある.

そんなわけで,一回ですべてを理解できないから,暇なときに再読して新しい発見・理解をすることがよくある.